通りすぎてく ふたりと おたがいにわかっていても


 唄には詞があるから、勝手に都合
よく自分の過去の出来事を投影でき
るシーンと重なると、共鳴し、お気
に入りの一曲になる。
「夜の海」もそんな曲のひとつ。
 下田さんが桑名さんへ提供した最
初の唄で、「月のあかり」と同様に
下田さんの作詞と知ったのは再会後
のことだから、ずいぶんと最近のこ
とになる。

 夏の終わり、暮れゆく海岸の景色
を異性と眺めていた。潮の香が鼻孔
に心地よいと思っていたら、少し前
を歩くカップルから異臭がしてくる。
ポマード臭の強い男性化粧品の臭い。
吐き気がした。そこから急いで離れ、
ふりむくと彼女も同じで、すぐそば
にいた。思わず顔を見合わせ、互い
に声を出して笑ってしまった。
 柑橘系だよねと、口にしたら、
 柳屋系は無理…と、肩を寄せてき
た。当時愛用していたのは「タクテ
ィクス」のコロンでした。 

 今でも柳屋系は苦手で、なぜかエ
レベーター上階の住人たち御用達で
出勤時に遭遇すると閉口している。